「見た目」と「データの一貫性」

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毎日ことば・ブログ: 似ているけど違う」の最後の一段落を読んで、『マックブロス』に載ったスティーブン・ハートウェル(Steven Hartwell)氏のインタビュー記事を思い出した。

Hartwell氏はクラシックMac OSのアジア言語スクリプト(「スクリプト」はMacで特定の文字体系〈script〉を処理するために必要となるシステムファイル)の開発に携わった元アップル社員で、諸言語スクリプトの開発を目指し独立した。アップル在籍中にアラビア語とヘブライ語のシステム、独立後にはチベット語・クメール語・ラオ語のスクリプトを開発した。

OUTLK.net: Otani University Tibetan Unicode Language Kitsによると、Hartwell氏は、大谷大学嘱託研究員として、Leopard以降のMac OS Xのチベット語サポートにも大きな役割を果たしたという(今回、思い出したことでこの後日談を見つけられて嬉しい)。どうやら最近の氏のプロフィルとおぼしきものもネット上で見つかる。

Hartwell氏は、前述のインタビューでこう語る。

私がアラビア語スクリプトを作ったのは、近くにそれを欲している人がいたことが大きかったのです。アメリカ人はラオ語をサポートしなくたって全然気にしない。載らなきゃローマナイズすればいい、という例の言語帝国主義ですから…。だからトヨタ財団や大谷大学、東洋文庫のように、データベース的な面での必要性をわかっていて、お金を出すのも惜しまないと言ってくれるところに費用を出していただいたわけです。印刷関係者は、まったくお金を出そうとしなかったですね。

IBM PCの方がきれいだよと言う方はそれはもうそれで結構ですが、このスクリプトを使うメリットは、単に見た目ではなく、ディスクに保存されるデータコードがシステムによってサポートされる一貫したものであるということです。フォントだけを作って英語システムに載せているものは、同じ文字でもディスプレイ上で形が変わるとデータコードも変わる、つまりデータの一貫性がないのです。

『マックブロス』Vol.8 (技術評論社、1994年12月)32ページ〜

文字の連なりを、視覚的な〈文章〉の一部というだけでなく、電子化された〈テキスト〉としても意識すべき時代に入っている。「毎日ことば・ブログ」は「紙面の見た目さえよければ、という時代から移り変わって、新たな悩みが出てきたというところ」という。1994年の前述インタビューでHartwell氏が、スクリプトの開発段階で「印刷関係者は、まったくお金を出そうとしなかった」一方、「印刷が目的の人々でなくカタログデータベースを作ろうとしている人は本当に真摯な興味があ」ったと言うのは、まさに「見た目さえよければ」済む人々と、データの一貫性を求める人々の温度差だったのだろう。

新聞社・通信社のように記事データベースとしてアーカイブされるものを扱う現場でなくとも、他人様に読んでもらうことを多少なりとも期待して書き連ねたものをウェブサイトに置くのなら、検索エンジンやブラウザの検索機能という比較的新しい〈眼〉をいくらかでも意識しないわけにはいかない。どういう意識で書かれたものであれ、私たちがアップロード・ポストした文章もインターネットという巨大なデータベースの一部をなす。旧来の校正の本にも紛れやすい文字の弁別について説くものはあるが、こうした弁別の必要性には新たな意義・必要性が加わっている。場面によっては新しい対処法、新しい考え方も必要とされるだろう。

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このページは、Meme-Memeが2013年4月22日 01:30に書いたブログ記事です。

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